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救いを信じること

次々届く被災地の映像。ディザスター映画で見るような光景がそこに。でもそれらはセットでもCGでもない。砂埃や生臭い匂いも伝わってくる。言葉を失う。。

近くのショッピングモールへ。いつもより混雑しているものの、特に変わった様子もない。いつもの平和な土曜日の風景。だけど、なにか違和感が。どこか薄っぺらく奥行きがないように感じられる。これは現実なのだろうか。こちら側が夢で、目が覚めたら津波に押し流された瓦礫の片隅に佇んでいるのではないか、、、そういう考えが頭から離れない。

でもみんな自分たちの場所で、しっかり前を向いて生きている。

被災地で過酷な状況におかれても、パニックにもならず冷静に、じっと耐え忍ぶ人たち。痛みを自分のことのように感じ、考え、行動している人たち。そして世界中から届く、祈り。

今日と明日を断ち切るような出来事は突然襲ってくる。それは誰にもわからない。悪意や憎しみもあちこちに口を広げている。つらかろうがなんだろうが、これらは全て現実だ。でも、この世界には必ず救いがあるんだ。必ず。。そう心から信じられた。

ぼくもがんばろう。

今日の次は明日じゃない、かも知れない

一泊二日の香港出張、仕事が終わって空港へ向かう電車の駅で見ていたツイッターで、地震の情報を知った。

earthquake.jpのツイートは、新しいツイートの度に地震の規模が大きくなっていった。そしてタイムラインはどんどん地震一色になっていく。

遠く離れた場所の出来事。もちろん香港は揺れなかったし、空港には特に変わった様子はない。旅行ではしゃぐ子供、疲れた顔のスーツ姿の人、早足で歩くフライトアテンダント。これまで何度となく見ている普通の空港の風景。みんな、飛行機に乗って辿りつく場所での時間に、思いを馳せているように見えた。

でも。そういう時間が来ないことだってある。地震に遭った人たちは、今日の次は明日、じゃなかった。

考えてみると、地震だけじゃない。夜明け前の真っ暗な道で、耳にイヤホンを突っ込んで走る。飛行機に乗る。スポーツクラブでトレーニングしてたら目がチカチカしたり。本当にちょっとしたキッカケで、今日と明日が繋がっていない世界に行ってしまうのだろう。

もし明日が来なくても、今日が最後の日になったとしても、悔いが少ない(悔いがない、っていうのは無理だ)ように生きていきたい。というか、瞬間瞬間を、生きること。それしかない。

Decadeを会社で発表してみた

会社のグループ内で勉強会っていうのがあって、各自持ち回り自分のネタで1時間くらい話す場があり、そこでDecadeを発表してみた。

嘘偽りのない本音で書いたので、会社の中ではストレートすぎる内容もあったけど、あえてなにも変えずにやってみた。

話しはじめは結構食いつきがあったけど、だんだん下を見たり退屈そうな様子も見えて、手応えがなくなってきたように感じた。40分くらいで話し終えて質疑応答。Decadeの中では、その時に自分を救ってくれた言葉も入れているのでそれも説明したけど、「今でもそう思っているんですか(仕事の様子を見る限りそうは見えないですが)」というちょっと厳しい質問も出たりして。終わったあとは「ああ、やるんじゃなかったな」と落ち込んだ。

でも、あとから「すごくよかったです。泣いちゃうかと思いました。あの後チームのメンバーとも話で盛り上がりました」と言ってくれた人もいて。

考えてみると、やっぱりこれはブーメランみたいなもんだな、と。

厳しい質問をした人は、直接仕事のやりとりがあって、ときどき(しばしば)結構厳しい指摘をしたりする。
よかったですと言ってくれた人に対しては、その人の勉強会のときにかなりポジティブなフィードバックをしてた。

いい感情も悪い感情も、心の中に澱のように溜まる。そして、それはいつか必ず表に出てきて、その原因になった人やモノに向かう。100パーセント好かれたいとはもちろん思ってないけど、心の中のもやもやになってしまうような言動はできるだけしないようにしたい。

一方で、そんなに多くはないけど、自分の感覚を共有してくれる人もいる。あまり恐れず、自分のおもっていることをできるだけストレートに表現するようにしよう。

Decade

今日、Decade友の会に参加した。

自分の10年史を振り返るプレゼンをつくって、それを一人ひとり説明するという場。ぼくのプレゼンは34枚、説明は40分くらいだったかな。

Decade友の会、開催(河野さんブログ)

Decadeそのものは、河野さんと知り合った2008年からその存在を知っていた。2009年は自分でもつくりかけたけど、途中で挫折。今回、「友の会」と称してみんなで発表しあう場を開催すると聞いて、「あ、これは行くべきだ」と直感が働いた。ぼくは典型的な直感人間で、自分の直感には素直に従うようしてるのです。

友の会への参加表明は1月半ば、それから本番まで1ヶ月くらい時間があったけどなかなか着手できず。先週末の三連休でようやく重い腰をあげてから、ほぼ2日がかりでつくった。やっぱ、こういうのは、なかなかきっかけがないとできないもので。

つくりだしてみると、いろいろなことを思い出して。毎日吐き気がとまらないくらい苦しかった日々。悔しさで眠れなかった夜。思いがけずに聞いた嬉しい言葉に涙したこと。。どちらかと言えば、しんどい思い出のほうが多かったけど、今から思えばどれも本当に大切な記憶。

そして今日。自分の説明は、、、うーん、相変わらずのぎこちなさでちょっと凹んだけど、まあ、流暢に説明できないのが自分らしいんだろうな。でも、しゃべっているときに、ずっとあったかい空気を感じて、ほんとうれしかったなあ。

みんなの発表には、心を動かされた。全員に言えたことは、これが仕事・これがプレイベート、みたいに器用に切り分けて上手に世渡りをしてる人はいなくて、悩んだり傷ついたり苦しんだりしながらも、その人にしかできない道を着実に進んでる、ってこと。本気の力、っていうのかな。

今日はDecade友の会に参加してみて、ほんと良かった。2011年のDecadeにしっかりと足あとを残すために、帰り道に4つの決心。ここでは明かさないけど(←なんだよw)それらを軸として、充実した毎日になるようにがんばろうとおもう。

なぜ?より大切なもの

世の中には解決しなければいけない問題が山積みだ。仕事なんて問題だらけ(というか、問題を片付けるために働いているようなもんだ)だし、プライベートでも悩みは尽きない。

そして問題を解決するやり方も、たくさんある。

その内のひとつに、「なぜを?つきつめる」というのがある。世界的な自動車メーカーが得意にしている方法だ。

A「なぜこの故障がおこったのか?」
B「この部品がこわれたから」

A「なぜこの部品がこわれたのか?」
B「この部品の設計が悪かったから」

A「なぜ設計が悪かったのか?」
B「設計者が仕事に追われていて十分検討できなかったから。」

A「なぜ設計者が仕事に追われていたのか?」
B「設計者が不足しているから。」

A「よしわかった、設計者を増やそう。」

とてもロジカルで、わかりやすく、根本的な解決ができる。


でもこれを個人的な問題にあてはめると、ちょっと様子が変わってくる。


A「なぜ遅刻したの?」
B「寝坊したからです(すみません←こころの声)。」

A「なんで寝坊したの?」
B「夜更かししたからです(だから、ごめんなさいってば)。」

A「なんで夜更かししたの?」
B「夜遊びしたからです(もう、しつこいなあ!)。」

A「なんで夜遊びしたの?」
B「仕事がつまらないからです(なんなんだよ!)」

A「なんで仕事がつまらないの?」
B「・・・はいはい、ぼくの努力が足りないからですよ!
 だいたい、こんなつまらない仕事、なんでやらなきゃいけないんですか!!(怒)」

なんか責められているような気分になってしまう。しかも自分にとってどうしようもないことが原因!、となっちゃうことが多い。


問題解決のもうひとつのやり方、それは「どうすれば?」と問いかけることだ。

A「また遅刻したみたいだね。どうすれば明日から遅刻しないようにできる?」
B「あ、すみません。そうですね、もう少しはやく寝るようにします。」

A「ほかにはなにかある?」
B「そうですね、目覚まし時計をもうひとつ増やします。」


その人が具体的にできることに落ち着く。根本的な解決になってなくてもいい。その人自身から出た解決策だ、ということが大切。自分から言ったこと=自分との約束は実行できるし、実行すれば景色が変わってきて、もっと根本的な解決に近づいていく。


ぼくたちは、人を変えることはできないし、もちろん起こってしまったことも変えられない。
できることは、自分が次の瞬間になにをするか、それだけだ。


「ぼくは、どうすればいいだろう」そう考えるとすがすがしくて、こころの健康が保てる、はず。


さて、、、ぼくはどうすれば、ピアノがかっこよく弾けるようになるだろうか?
・・・お前全然練習しとらんやんけ!とにかく練習しろ! ボケ!(~_~;)w
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Author:ササキ
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